クリプキクローネ日記帳

ある種の音楽と数学とランニングはミニマルなところが似ていると思う。

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言語が違えば、世界も違って見えるわけ [ガイ・ドイッチャー(著) 椋田直子(訳)]

おもしろかったです。
言語が思考にどのように影響しているかという点について、
歴史上の様々な実験の結果から分かりやすく書かれています。


世の中には「人間の思考は言語に完全に支配される」という主張がありますが、
この本では「そこまでは言えないが無視できない影響がある」という抑制の効いた主張になっています。
必要以上に煽ることを避けていて好感が持てます。

どの言語でも色の名前が「白と黒→赤→緑と黄→青」と決まっている、というのがおもしろかったです。
ただし、僕らにとって一番身近な日本語が既にちょっとこのルールからはみ出ているので、
それだけみてもやっぱり言語は例外だらけなんだろうなという気持ちです。
日本語の「青」は緑や黄よりも古いけど、昔は緑の意味も含んだ単語だったので一応ルールに当てはまっている、ということらしい。

あとは「前後左右」のかわりにすべて「東西南北」で話すグーグ・イミディル語が最強です。
「あなたの西側の足」とか言うらしい。すごい。
記憶していることを話す時も当時の方角に基づいて話すのはもちろん、
話すときの身振り手振りも当時の方角に合わせてジェスチャーするそうです。
この辺までいくと、言語が思考に影響している感が強いです。

他にも男性名詞女性名詞の言語差とか、
ブローカ野の話とかもおもしろかったです。
ブローカ野のある左脳につながった右眼で色当てクイズをやると
その人の言語が持つ色名の種類によって結果が変わってくるけど、
左眼でクイズをやると差がでない、とか。

それにしてもサピア=ウォーフの強い仮説は冷静に考えれば絶対におかしいものの、
なんだか哲学的かつ宿命論的で強くひかれるものがありますね。
  1. 2017/04/22(土) 23:17:15|
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